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August 03, 2008

ストラテジー

NHK大河ドラマ「篤姫」の原作は、宮尾登美子の小説「天璋院篤姫」である。

姫は今和泉家島津忠剛の長女として生まれ、のち島津斉彬の養女となり、1856年に近衛家の養女として、第13代将軍家定の正室に迎えられている。ややこしいが、当時の常識的な段取りだろう。

輿入れしてわずか2年、病弱の家定が他界し、彼女は髪をおろして「天璋院」と号した。

その後も江戸城にあって、城の明け渡しなど幕府と薩摩藩の橋渡しをしたという。

徳川と島津は犬猿の仲のように言われているが、篤姫以前にも両家の縁組の例は存在する。微妙な友好関係があったと思われる。

そんな逸話からさかのぼること250年、関ヶ原合戦で西軍についた島津義弘の軍勢1500人は、やむなく敵中突破の退却をしたのだが、無事薩摩にたどりついたのは80人だったという。

そんな、いわば敗戦記念日に、徳川への恨みをはらすイベントを営々とやってきた。

私は鹿児島の高校を出ているが、毎年「妙円時参り」なる徒歩遠足があった。わけも分からずひたすら歩いた記憶はある。戦後も延々と郷中教育がなされていたわけだ。今は知らない。

当時の薩摩・島津のような、和戦両様のしたたかな戦略がない今の日本だ。

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